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先発対後発両サイドの特許戦略に必要不可欠な知識や最近の話題をお届けする「医薬品特許戦略ブログ」を配信します。製薬関連企業の皆様はもちろん、アカデミアや投資家の皆様にも参考にしていただけるような、実践的なポイントをお届けしたいと思います。
(1)事件の概要
2026年6月4日、米国最高裁判所は、Hikma Pharmaceuticals USA Inc.らとAmarin Pharma Inc.らとの間で争われた特許権侵害訴訟について判決を下しました。24-889 Hikma Pharmaceuticals USA Inc. v. Amarin Pharma, Inc. (06/04/2026)
本件で問題となった医薬品は、Amarin社が販売するVascepa®(一般名:icosapent ethyl)です。Vascepa®は、当初、重度の高トリグリセリド血症(SH)の治療薬として承認され、その後、スタチン投与中の患者における心血管イベントリスクの低減(CV)についても追加承認を取得しました。Amarin社は、CV用途について特許権を有していました。これに対し、Hikma社は後発医薬品の承認を申請しましたが、特許によって保護されているCVの用途をラベルから削除し、SHのみを適応症とする承認を取得しました。このように、特許により保護された効能効果を除外して承認を得る手法は、一般にスキニーラベル(skinny label、日本では「虫食い申請」)と呼ばれます。Amarin社は、Hikma社の製品ラベルから特許対象用途が削除されていたことは認めつつも、Hikma社によるプレスリリースやウェブサイトの記載等を総合的に考慮すると、実質的にはCV用途への使用を促していたとして、誘引侵害(induced infringement)を主張しました。
第一審(連邦地方裁判所)はAmarin社の請求を退けましたが、第二審の連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、Amarin社の主張には一定の合理性があるとして、訴訟を継続させる判断を示しました。これに対してHikma社は上告し、米国最高裁判所が審理を行うこととなりました。最高裁は、2026年6月4日、全員一致でCAFC判決を破棄し、誘引侵害が成立するためには特許権侵害を促進する積極的な行為が必要であるとして、本件におけるAmarin社の主張を認めませんでした。
(2)最高裁の判断
本件の争点は、Hikma社の行為が誘引侵害(induced infringement)に該当するか否かでした。
米国特許法第271条(b)は、「特許侵害を積極的に誘引した者」は侵害者として責任を負うと規定しています。そのため、単に第三者による特許権侵害が存在するというだけではなく、被告がその侵害を促進又は奨励する行為を行ったことが必要となります。
最高裁は、誘引侵害が成立するためには、侵害を促進する積極的な行為(active steps)が必要であると改めて確認しました。そして、その判断に当たっては、第三者が被告の行為をどのように受け取る可能性があるかではなく、被告自身が何を行ったのかを検討すべきであると述べています。
本件において、Hikma社は特許対象用途をラベルから削除したスキニーラベル製品の承認を取得していました。また、「generic Vascepa」等の表現や先発品の売上高に関する記載についても、後発医薬品の販売において一般的に見られるものでした。最高裁は、これらの事情のみから特許侵害を促進する積極的な行為があったと認めることはできないと判断し、Amarin社の主張を退けました。
(3)先行ケースである「GSK v. Teva事件」との比較
スキニーラベルと誘引侵害との関係を考えるうえで、2021年のGSK v. Teva事件を避けて通ることはできませんので、本件との違いを確認しておきましょう。
GSK v. Teva事件では、先発品であるCoreg®の用途特許が問題となりました。Teva社はスキニーラベルにより承認を取得していましたが、その後の製品ラベルや販売活動等を踏まえ、陪審は誘引侵害の成立を認定しました。CAFCもこれを支持したため、スキニーラベルを採用していても誘引侵害責任を負う可能性があることが広く認識されるようになりました。これに対し、本件において最高裁は、誘引侵害の成立には侵害を促進する積極的な行為が必要であることを明確に示しました。特許対象用途が市場で実際に使用される可能性があることや、医師等が被告の行為をそのように受け取る可能性があることのみでは足りないというのが、本判決の特徴です。
ちなみに、本件はGSK v. Teva事件を否定したわけではありません。GSK v. Teva事件では、陪審が認定した具体的な証拠の存在が問題となっていました。一方、本件では、Amarin社が主張する事実を前提としても、侵害を促進する積極的な行為が十分に示されていないと判断されました。今後同様の事件が起きた場合は、「侵害を促進する積極的な行為」を証明する証拠が存在するか、ということが判断のポイントになると思われます。
(4)日本で同様のケースはあるか?
日本では、虫食い申請により参入した後発品のオフラベルユースが度を越しているとして2017年に特許権侵害訴訟が提起された例があります。リネゾリド事件です。
この事件では、先発品「ザイボックス」(ファイザー)は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症とバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染症の2つの効能効果を有していました。MRSA 感染症については用途特許が存続していたため、VRE 感染症のみを効能効果とする後発品が虫食い申請を活用して参入しました。
VRE 感染症は年間推定患者が数十人程度という希少疾患ですが、VRE 感染症のみを効能効果とする後発品が参入した結果、1年間に少なくとも319 人に相当する数量の後発品が販売されていました。
これを問題視したファイザーは、自社が専用実施権を有するMRSA 感染症の用途特許を後発品(沢井製薬)が侵害しているとして、2017 年11 月29 日に東京地裁に提訴しました。MRSA 感染症を効能効果としない後発品に対して、米国のような誘引侵害の規定がない日本において、MRSA 感染症の用途特許の権利行使をどのように考えるのか業界の注目が集まりましたが、その後、和解したようです。
日本には米国特許法271条(b)に相当する誘引侵害の規定はありません。そのため、本件のような事案が日本で生じた場合には、用途発明の技術的範囲や間接侵害規定の適用可能性が中心的な論点になると考えられます。
(執筆者:田中康子)
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