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先発対後発両サイドの特許戦略に必要不可欠な知識や最近の話題をお届けする「医薬品特許戦略ブログ」を配信します。製薬関連企業の皆様はもちろん、アカデミアや投資家の皆様にも参考にしていただけるような、実践的なポイントをお届けしたいと思います。
不正競争防止法違反に基づく差止仮処分申立事件
「パテントリンケージで虚偽の回答をする行為が不競法上違法となる場合の判断基準」
東京地判令和6年10月28日令和6年(ヨ)30029
(債権者:サムスン バイオエピス カンパニー リミテッド、債務者:バイエル・ヘルスケア・エルエルシー)
先発品アイリーア硝子体内注射液40mg/mL(有効成分:アフリベルセプト)は、バイエル薬品株式会社が2012年9月28日に承認を受けたバイオ医薬品です。最初に承認された効能効果は「①中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(以下、“wAMD”」であり、2020年9月27日まで8年の再審査期間が付与されました。
その後、以下の②~⑤について承認を取得し、いずれも2020年9月27日に再審査期間が終了しました。
②網膜中心静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫
③病的近視における脈絡膜新生血管
④糖尿病黄斑浮腫
⑤網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫
債務者(先発:バイエル)は、厚労省等に対し、アイリーア硝子体内注射液40mg/mLのいわゆるバイオ後続品を製造販売する行為が本件特許権(特許7320919号)を侵害する旨の告知をしました。
「本件特許権(特許7320919号)を侵害する旨の告知」
「貴省から、先発企業のバイエル薬品を通じて、特許権者であるBayer Health Care LLCに、特許権者の意見についてお問い合わせいただいたところ、当該特許権者から、貴省に対して、アイリーアB15 Sを承認および製造販売すれば、有効な特許である特許7320919号を侵害するとの回答がなされた。アイリーアBSが製造販売されると、特許権者等とBSメーカーとの間で特許権侵害に係る法的紛争が生じることは必至です。そして、その紛争において裁判所が差止めを認めれば、BSメーカーに安定供給義務違反が生じます。そのような事態を避けるうえでも、特許8の存続期間満了まで特許権の存在には十分留意されるべきです。」
本件は、債権者(後発:サムスン)が、上記告知は不競法2条1項21号所定の不正競争に当たり、これによって債権者の営業上の利益が侵害されるおそれがあると主張して、不競法3条1項に基づく差止請求権を被保全権利として、債務者に対し、申立ての趣旨記載の行為の差止めの仮処分を求める事案です。判決では、パテントリンケージで虚偽の回答をする行為が不競法上違法となる場合の判断基準が示され、当該行為の該当性が判断されました。
「申立ての趣旨記載の行為」
厚労省に対して、後発品が特許侵害である旨を告知すること
先発承認から後発承認までの時系列の整理
2012(平成24)年11月 先発品発売開始(①wAMD用途公知)
2014(平成26)年12月11日 先発特許出願(優先日)
2023(令和5)年5月31日 後発品(BS)申請
2023(令和5)年7月27日 先発特許設定登録
2023(令和5)年9月21日 債権者(サムスン)・GRP(後発申請者)・厚労省間会議
2023(令和5)年11月9日 後発品(BS)の適応症から①wAMDを削除
2024(令和6)年6月24日 後発品(BS)承認(②網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫、③病的近視における脈絡膜新生血管、④糖尿病黄斑浮腫)
本件特許権:特許7320919号(優先日:2014年12月11日)
【請求項1】
抗VEGF剤としてアフリベルセプトを含む、フルオレセイン蛍光眼底造影によって決定される全病変サイズの50%未満の活動性CNV病変サイズを有する湿潤加齢黄斑変性症(wAMD)患者の治療における使用のための医薬組成物であって、
wAMD患者が以下の重要な組み入れ基準
・試験眼においてフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)によって明らかになる、中心窩に影響を及ぼす傍中心窩病変を含む、AMDに続発するクラシック主体型活動性中心窩下脈絡膜新生血管(CNV)病変、
・ETDRSの試験眼の最高矯正視力(BCVA)は73~25文字(試験眼のスネレン等価視力は20/40~20/320)、及び
・50歳以上の年齢
を満たし、
wAMD患者が以下の重要な除外基準
・全病変サイズは、FAによって評価される12の乳頭領域(30.5mm2、血液、瘢痕および新生血管を含む。)より大きい、
・網膜下出血は全病変領域の50%以上であるか、または血液が中心窩の下にある場合、1つまたは複数の乳頭領域のサイズである(血液が中心窩の下にある場合、中心窩は目に見えるCNVによって270度囲まれていなければならない)、
・ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)を有する被験者を含む、wAMD以外の起源を持つCNVの存在、
・実質的に不可逆的な視力喪失を示す中心窩を含む瘢痕、線維症または萎縮症の存在、
・網膜色素上皮断裂または黄斑に関与する裂け目の存在、及び
・糖尿病性網膜症、糖尿病性黄斑浮腫またはwAMD以外の何らかの網膜血管疾患の病歴または臨床的証拠を含む、wAMD以外の起源を持つCNVの存在
を満たす、医薬組成物。
争点
⑴ 本件申立てが適法か(争点1)
ア 本件申立てが仮処分申立権の濫用に当たるか(争点1-1)
イ 本件申立てが行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)44条に反するか(争点1-2)
ウ 本件申立てが最高裁判決の趣旨に反し不適法か(争点1-3)
エ 本件申立てが申立ての利益を欠くか(争点1-4)
⑵ 被保全権利の有無(争点2)
本件の被保全権利は、不競法3条1項に基づく差止請求権であり、具体的な争点は次のとおりである。
ア 不競法2条1項21号所定の不正競争該当性(争点2-1)
(ア) 「告知」に当たるか(争点2-1-1)
(イ) 「営業上の信用を害する」に当たるか(争点2-1-2)
(ウ) 「虚偽の事実」の告知に当たるか(争点2-1-3)
(エ) 正当行為として違法性が阻却されるか(争点2-1-4)
イ 「営業上の利益を侵害されるおそれ」の有無(争点2-2)
⑶ 保全の必要性(争点3)
判決の概要(ややこしいので要約します)
判断基準:
• パテントリンケージで虚偽の回答をする行為は、不正競争の一類型に含まれる
• パテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる特段の事情がある場合には、競争関係にある後発医薬品の製造販売承認を申請する者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知するものとして、不競法2条1項21号に掲げる不正競争に該当する
特段の事情
パテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる特段の事情
パテントリンケージの趣旨目的
パテントリンケージは、後発医薬品の安定供給を確保する観点から、後発医薬品の承認審査に当たり先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触の有無を確認することを趣旨目的とするものである
判断:
特段の事情は認められない
結論:
申立ては理由がないからこれを却下する
本件は、エリブリン事件に続き、パテントリンケージに対するやり場のない不満を裁判所にぶつけた事件と言えます。
この事件は、要するに
パテントリンケージの検討対象となる「医薬品特許情報報告票」に先発品と関係のない特許が掲載され、先発メーカーが厚労省に対して「後発品はこの特許を侵害する」という旨の虚偽の告知をしたことにより厚労省が後発品(の一部効能)を承認しない後発メーカーが打開策(苦肉の策)として先発メーカーの虚偽の告知が不正競争である、
と訴えた事件なのです。
判決文には、パテントリンケージの不知・不理解があらわになったような表現が散見されます。
例えば、バイオ後続品の審査におけるパテントリンケージが二課長通知に基づく運用とされていますが、誤りです。バイオ医薬品のパテントリンケージは二課長通知の射程外であり、バイオ後続品の審査で先発特許との関係を確認することについて、根拠はありません。
ただし、実務として行われていることは、以下拙稿にてご紹介したように、2018年2月2日付け薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会 の議事録から確認できます。
⑷バイオ医薬品のパテントリンケージ
二課長通知は低分子医薬品の審査を管轄する部署による通知であり、バイオ医薬品の審査はカバーしていない。バイオ医薬品については、根拠となる通知等は見当たらないが、厚労省主催の 2018年2月2日の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会において、ハーセプチンのバイオシミラー の乳癌への適応に関して、PMDAが、 特許を有する効能効果については、承認の時期が遅れる という旨の発言 をしていることから、PMDAでのバイオシミラーの審査において、事実上の パテントリンケージが行われているものと思われる。
特許を有する効能効果については、承認の時期が遅れる という旨の発言
「○奥田部会長代理 別件です。承認された疾患がずれている形になっていると思います。具体的に 言うと、乳癌の患者に対して試験されて、承認されたら胃癌ということです。理由は書いてあったので特許が関係しているというのは理解したつもりです。これは乳癌で必要としている患者も多い のではないかと思いますし、臨床試験自体はされているということであれば、今後の見通しというか、 乳癌への適応に関しての見通しについて、何か情報はあるのでしょうか。
○医薬品医療機器総合機構 現時点で、申請者と先行バイオ医薬品のメーカーである中外製薬株式 会社及びジェンネンテック社で特許係争がなされていると聞いておりますので、それにもよって、 いつになるかというところがあります。乳癌に関する特許を中外製薬株式会社の関連会社が有して いるので、特許の抵触の有無により乳癌の効能・効果の取得時期が変わることになるかと思います。」
(2018年2月2日 薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会 議事録より抜粋 https://www.mhlw.go. jp/stf/shingi2/0000212188_00004.html))(as of May 8, 2023)<本日現在この議事録はネット上に見当たりません>
エリブリン事件以降、急激にパテントリンケージが脚光を浴びていますが、ニッチな分野の法的根拠のない実務上の運用という性質から正しく理解されていません。本事件では、当事者(製薬企業、この場合は両者外資系であったということもあるが)も弁護士も裁判所も、日本のパテントリンケージの運用を知らない、あるいは理解しないままのまま判決が出されたということに危機感を覚えます。
考えるところや学ぶところは多々ありますが、エリブリン事件に続き、先発品が承認ないし販売された後に出願された用途特許により後発品を承認しないという流れが気になります。特許庁の審査では、先発品の承認により公知となった効能効果と表現が異なる用途特許について、先発の効能効果により新規性と進歩性を否定するのは難しいのかもしれません。特許性の観点からはやむを得ないとも考えられますが、先発品と同一の効能効果を標ぼうする後発品に権利行使できるか、というのは別の話です。
現在、厚労省においてパテントリンケージの見直しが行われており、2025年度中に専門委員制度を導入する旨が報道されました。このような「先発承認後の用途特許の権利行使」については慎重かつ的確に判断されるべきであると考えます。
なお、アフリベルセプトについては、同一当事者間でもう一つ事件があります。
(執筆者:田中康子)
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