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医薬品特許戦略ブログ 第26回:先発対後発医薬品の特許係争最前線(4)リツキシマブ

先発対後発両サイドの特許戦略に必要不可欠な知識や最近の話題をお届けする「医薬品特許戦略ブログ」を配信します。製薬関連企業の皆様はもちろん、アカデミアや投資家の皆様にも参考にしていただけるような、実践的なポイントをお届けしたいと思います。

今回は、先発対後発医薬品の特許係争最前線(4)リツキシマブ

1.事件の概要

特許権侵害差止請求事件

東京地判平成31年5月29日平成29(ワ)44053号
少し前の事件になりますが、バイオ医薬品の先発対後発医薬品の特許係争で初めて判決が出されたケースを紹介します。

バイオジェンの有する、B細胞リンパ腫の併用療法に関する3件の特許の専用実施権者である原告ジェネンテックは、リツキサンのバイオ後続品(バイオシミラー)を製造販売等するサンド、協和醗酵キリンに対し、製品の差止め及び廃棄を求めて東京地裁に出訴しました。原告、被告、及びそれぞれの製品については次の通りです。

原告     :ジェネンテッック(専用実施権者)
原告側補助参加:全薬工業(製造販売元)、中外製薬(販売元)
先行バイオ製品:リツキサン®注10mg/ml
承認日    :2001/6/20
効能効果   :CD20 陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫 他
(少疾病用医薬品、再審査期間は10年間)

被告     :サンド(製造販売元)、協和発酵キリン(販売元)
被告製品   :リツキシマブ BS 点滴静注 100mg、500mg「KHK」
承認日          :2017/9/27 
薬価収載       :2017/11/29 発売:2018/1/18
効能効果   :CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫、免疫抑制状態下のCD20陽性のB細胞性リンパ増殖性疾患、ヴェゲナ肉芽腫症、顕微鏡的多発血管炎

対象特許3件(本件特許1から3)は、いずれも特願2000-564662(出願日:1999/8/11)を親出願とする分割出願に基づくものです。そのため発明の名称は全て「抗CD20抗体の投与を含むB細胞リンパ腫の併用療法」です。2019年8月現在の分割出願の状況は以下の図の通りで合計8件の分割出願があります。かなり苦労して、出願から15年以上をへてようやく特許権を取得したことがわかります。この「苦労」の過程で、訴訟に負ける原因を作ってしまったわけですが。

①本件特許1:特許第6226216号
②本件特許2:特許第6241794号
③本件特許3:特許第6253842号

判決では、本件特許1及び3は特許法36条6項1号(サポート要件)に違反しており,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものと認められるとして、また、被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属するとはいえない、と判断され原告の請求は棄却されました。

2.注目ポイント

(1)本件特許1が特許法36条6項1号に違反しているという点に関して、本件発明1の「(CHOP)による化学療法の最中」という表現がポイントとなりました。

本件発明1
「リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドコソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOP)による化学療法の最中に投与される,上記医薬組成物。」

ここで「最中」という文言は,本件特許1の分割出願時には「同時」という文言でしたが、審査において、新規性及び進歩性を欠くという拒絶理由を回避するため、補正により「最中」に変更されたものでした。
「同時」は、CHOP療法の各薬剤とリツキシマブを交互に投与する態様、すなわち、休薬期間中の投与を含むものであり、引用発明に記載されていた態様でした。一方、「最中」は、かかる態様とはことなる、つまり休薬期間中の投与を含まない態様であることが意見書で示されています。
以上の経緯から、裁判所は、「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間のうち,CHOP療法の各薬剤の投薬期間中を意味すると解するのが相当(休薬期間中に投与するものは含まない)と判断しました。その上で、本件明細書によると、リツキシマブが投与されたのは「CHOPの後」であり、リツキシマブを含む医薬組成物をCHOP療法の各薬剤の投薬期間中に投与するという本件発明1の用途を記載又は示唆するものではない、よって特許法36条6項1号に違反していると結論しました。

(2)被告製剤の本件特許2への充足性においては、本件発明2-1における「CVP」の意義がポイントとなりました。

本件発明2-1
「リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法と組み合わせて使用するための,医薬組成物 であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ前記化学療法の間に投与 され,かつ,前記化学療法が,CVPである,上記医薬組成物。」 

裁判所は、CVPないしCVP療法は、シクロホスファミド、ビンクリスチン及びプレドニゾロン又はプレドニソンを併用する化学療法であると認定し、被告製剤については次の様に認定しました。

「被告製剤の添付文書には,用法・用量欄に「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合」が記載され,用法・用量に関連する使用上の注意として,「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合」は,先行バイオ医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」と記載されている。また,臨床成績欄には,被告製剤の臨床成績として,未治療の進行期ろ胞性リンパ腫の患者に,被告製剤又は先行バイオ医薬品がR-CVPレジメンによって投与されたことが記載されているほか,先行バイオ医薬品の臨床成績として,国外臨床第Ⅲ相試験(PRIMA試験)において,ろ胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に,R-CVPレジメンによる寛解導入療法等が実施されたことが記載されている。
そして,証拠(甲12,35)及び弁論の全趣旨によれば,被告製剤の添付文書に記載されているR-CVPレジメンは,リツキシマブを1日目に投与するとともに,シクロホスファミド(CPA)及びビンクリスチン(VCR)を1日目,プレドニゾロン又はプレドニソン(PSL)を1日目から5日目まで投与するレジメンであると認められる。
そうすると,被告製剤は,添付文書に記載されたR-CVPレジメンがシクロホスファミドを1日目にのみ投与するものであり,1日目から5日目まで投与するものでない点で,構成要件2Bの「CVP」を充足するとはいえない。」

その上で、被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属するとはいえないと結論しました。

3.Takeaway

本ケースは、バイオシミラーに対する特許権侵害訴訟、すなわちバイオ医薬品の先発対後発医薬品の特許係争における初の判決です。この事件より前の2017年8月と10月にハーセプチンのバイオシミラー(トラスツズマブ)申請に対して差止請求がされた経緯がありますが、その後請求は放棄や取下げがされ判決には至りませんでした。

最近の傾向として、サポート要件や実施可能要件といった記載要件違反のみに基づいて特許の無効が認められることが増えていますが、本件でもサポート要件違反のみで特許無効が判断されました。また、分割出願を繰り返して特許庁への係属状態を維持することも、最近の傾向の一つですが、本件でも、上記図に示すように特許期間満了ぎりぎりまで分割出願が繰り返されました。皮肉なことに、分割を繰り返す過程で、当初明細書に記載のない「最中」をクレームに記載したことが無効理由を生み出す結果となってしまいました。
また、充足論については、リツキシマブと併用する化学療法について詳細な議論がされています。一般にがん治療において、化学療法は疾患に対する効果を追求するため、承認された医薬品を組み合わせて行われます。使用する医薬品の種類や投与の順、投与期間、休薬期間の有無や長短によって、効果が異なってくることが多く、様々なレジメンが存在するため、療法の名称(通称)と、実際に行われていることが実務者の間で一義的でない場合もある様に思われます。製品を保護する特許の権利範囲は、添付文書に記載される効能・効果や用法・用量とリンクしていると権利行使がしやすいので、特許権利化手続を行う者は、この様な点についても注意を払う必要があります。特に外国人の出願を日本の特許事務所が扱う場合、日本で承認される医薬品の効能・効果/用法・用量に合わせて権利を取得することができれば、事務所(弁理士)の評価はぐっと上がるはずです。

(執筆者:田中康子)

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