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医薬品特許戦略ブログ 第21回:権利行使に対する防御に関わる制度

先発対後発両サイドの特許戦略に必要不可欠な知識や最近の話題をお届けする「医薬品特許戦略ブログ」を配信します。製薬関連企業の皆様はもちろん、アカデミアや投資家の皆様にも参考にしていただけるような、実践的なポイントをお届けしたいと思います。

今回は、権利行使に対する防御に関わる制度について

(1)特許無効審判(特許法123条)

 特許無効審判(無効審判)とは、すでに登録されている特許に関して、特許性がない(無効理由がある)ことを主張して、特許庁において特許の有効性を争う手続きである。特許権を巡る紛争の解決を目的とする制度であり、平たく言うと特許を潰すための制度といえる。

 通常、無効審判は、侵害訴訟が提起された際にこれに対する対抗手段として利用されるが、先発対後発医薬品の係争では侵害訴訟の有無とは関係なく後発品参入の障壁となる先発特許をつぶす手段としても頻繁に利用される。先に述べた通り、先発医薬品は、特許及び再審査期間により保護され、後発医薬品は、先発の特許切れと再審査期間の経過を待たなければ市場に参入できない仕組みになっている。再審査期間は短縮することが出来ないのに対し、特許は無効審判により無効にすることができるので、再審査期間が経過した後に先発の特許が残っている場合、後発メーカーは、無効審判により先発特許を潰してより早く市場に参入しようとするのである。

 無効審判を請求できるのは利害関係のある者に限られる。この点紛争解決を目的とする制度趣旨と合致している。請求できる期間は、特許が登録(設定登録)されていれば、特許期間満了後も請求可能である。損害賠償等について争われる場合、遡及的に請求可能であるため特許期間満了後であっても請求の利益は認められることが、後述のロスバスタチン事件の知財高裁判決で認められた。

 無効理由は、審判の趣旨から、公益的事由、権利帰属に関する事由、及び特許後の後発的事由が含まれる。具体的には、新規性欠如、進歩性欠如、ダブルパテント、記載要件(サポート要件・実施可能要件・明確性要件)違反、冒認出願等である。先発対後発医薬品の特許係争では、従来進歩性欠如を無効理由として請求される審判が多かったが、最近は記載要件違反、特にサポート要件と実施可能要件違反を理由とするものが増えている。

 審理の形式は、当事者対立構造であり、書面審理と口頭審理が併用される。原則として、1回は特許庁審判廷にて口頭審理が行われる。三名の審判官による審判合議体を前に、特許権者側と審判請求人側が向かい合って陣取り、裁判さながらの審理が行われる。口頭審理が終わると、審判合議体が審理を継続し、「審決をするのに熟した」と認識した時点で、特許を無効にする理由がある場合は、「審決の予告」(このまま異論がなければ、特許無効の審決をするという予告)を行い、特許を無効にする理由がない場合(つまり特許は維持される場合)は「審決」を行う。「審決の予告」がされた場合は、特許権者は訂正請求や意見を申立てる機会を与えられ、訂正請求があればさらに審理を継続し、上記と同様の進行が繰り返される。一方訂正請求がされない場合は、審理の終了を告げる「審理終結通知」に続いて「審決」がされる。

審決取消訴訟

 無効審判の審決に不服がある当事者は、知財高裁に審決取消訴訟を提起することができる。先発対後発医薬品の特許係争では、当事者間でネゴシエーションがされない限り、審決取消訴訟におよぶことがほとんどである。

 審決取消訴訟は民事訴訟法に基づいて、弁論期日、弁論準備手続きの他、技術説明会等を経て判決が出される。判決に不服がある当事者は、最高裁に上告や上告受理の申立をすることができる。ちなみに最高裁が受理する事件は限られており、特許案件が最高裁に至ることは珍しい。多くは、知財高裁の判決の後、上告は受理されずに確定して決着する。

訂正制度

 無効審判における特許権者の防御策として、特許の権利範囲(特許請求の範囲)の訂正(修正)が可能である(訂正制度:特許法134条の2)。権利範囲を訂正することにより、審判請求人が挙げた無効理由から逃れ、特許が潰されるのを防ぐことができる場合がある。訂正は、無効審判中に「訂正請求」するか、無効審判が係属していない場合は「訂正審判」を請求することにより行う。訂正を認める旨が記載された審決・決定が確定すると、その訂正後の内容でさかのぼって特許出願、出願公開、特許権の設定登録がされたものとみなされる。先発対後発医薬品の無効審判では、複数回の訂正が行われることもなり、無効審判が確定するまで特許の権利範囲は変化することになる。

参加制度

 審判請求できる者は、参加人として、他人が請求した無効審判に参加することができる(当事者参加、特許法148条第1項)。参加の申請は、審理終結までに行う必要があり、当事者参加人は、審判請求人が審判を取り下げた後も、審判手続きを続行することができる。また、審判の結果に利害関係を有する者は当事者の一方を補助するために無効審判に参加することができる(補助参加、特許法148条第3項)。

 無効審判は、審決確定まで取下げることができるが、ここ数年の先発対後発医薬品の無効審判では、審判請求後、特許が無効になること濃厚になった時点で、あるいは特許無効の審決後確定の前に審判を取り下げる実務が散見される。おそらく、審判請求人と特許権者が、無効審判を取り下げて特許を維持しつつ、特許権者が審判請求人にライセンスをする、というネゴシエーションをしているものと思われる。審判の取下げにより特許は元のまま維持されるので、ここでライセンスを受けた審判請求人以外の後発メーカーがこの特許を潰したい場合は、別途無効審判を請求する必要がある。つまり、最初に無効審判を請求した請求人(後発)だけが、特許が潰れそうになった時点で審判を取り下げてライセンスを受けるという一人勝ち(ぬけがけ)を防ぐため、審判請求人が審判を取下げた後も審理を続けられるよう、後発メーカーが無効審判に当事者参加するケースが増えた。その顕著なケースが、後述のプレガバリン事件である。

(2)延長登録無効審判(特許法第125条の2第1項)

 特許期間の延長登録に瑕疵が認められる場合、延長登録無効審判により延長登録自体を無効にすることができる。延長登録が無効になると、特許期間延長はなかったものとなる。例えば、5年延長されて特許期間が25年となっている特許の延長登録が無効になると、特許期間は20年で満了することになる。

 先発対後発医薬品の特許係争で、延長登録無効審判が活用された事例として、ナルフラフィン事件がある。

(3)特許異議申立

 特許異議申立も上述の無効審判と並び、特許を潰すための制度である。無効審判が紛争解決を目的とするのに対し、特許異議申立は、特許庁における審査の公衆による見直しを目的とする。このような目的から、無効審判とは異なる点がある。

 特許異議申立は、何人も請求することができる。特許庁からの郵便物や電話を受けられる人、つまり住所と電話番号を持っている人であれば誰でも請求することができる。通常請求人は、実名を出さず、請求人を連想できないような個人をダミーとして請求する。

 特許異議申立ができる期間は、特許掲載公報発行の日から6月以内である。申立期間経過後に特許を潰したい場合は無効審判を請求することになる。

 異議理由は、制度趣旨から、新規性欠如、進歩性欠如、ダブルパテント、記載要件違反等の公益的事由に限られる。

 審理は、書面審理により行われ、無効審判のように当事者が直接対峙する場面はない。特許異議申立書が特許庁に提出されると、特許庁長官は特許権者に副本を送付し、その後審理を行う。審理の結果、特許を維持する場合は異議決定(維持決定)を、取消理由(異議理由)がある場合は、特許権者に取消理由を通知し意見書提出と訂正請求の機会を与える。訂正請求があった場合はその旨を申立人に通知して意見書提出の機会を与える。申立人の意見書提出があれば、特許権者の意見書・訂正請求と合わせて、申立人の意見書提出がなければ特許権者の意見書・訂正請求の内容を審理して、先の取消理由により特許取消可能な場合は、再度の取消理由通知(決定の予告)を行い、特許権者に意見書提出と訂正請求の機会を与え、以下同様に審理が繰り返され、異議決定がなされる。最初の取消理由通知に対して、特許権者からの意見書も訂正請求もなければそのまま異議決定がなされる。

 異議決定には、特許を維持する維持決定と特許を取り消す取消決定がある。取消決定に対して不服がある特許権者は、知財高裁に不服申し立て(決定取消訴訟)を行うことが出来る。一方、維持決定に対しては不服を申し立てることが出来ない。特許を潰したい場合は、無効審判を請求することができるためである。

(4)確認の訴え-債務不存在確認訴訟-

 確認の訴え(確認訴訟)とは、例えば特許権侵害による差止請求権あるいは損害賠償請求権という債務が存在しないことの確認を求める訴えをいう。確認の訴えが認められるためには、訴えの利益が必要である。先発対後発医薬品の特許係争では、頻度は多くないが、差止請求訴訟等を提起された際の防御として、あるいは差止請求訴訟を起こされる前に、特許侵害がないことを明らかにするために活用される。

 先発対後発医薬品の特許係争で、債務不存在確認訴訟が起きた事例は、エリブリン事件(令和4年(ネ)10093)である。同事件では、未承認の後発医薬品が先発特許の侵害による差止請求権・損害賠償請求権を有しないことについて債務不存在確認訴訟が提起されたが、訴えの利益がないとされた。

(5)情報提供制度(特許法施行規則13条の2、13条の3)

 情報提供制度とは、特許庁に係属している特許出願に対して、または特許付与後に、当該特許出願または特許に係る発明が新規性・進歩性を有していないことなどについての情報を提供することができる制度をいう。

 何人も情報提供することができ、住所・氏名を省略することもできる。特許出願に対する情報提供は、特許出願が特許庁に係属しているものについて、特許付与後の情報提供は、特許付与後のものについてすることができる。

 情報提供は、刊行物等提出書に、新規性、進歩性、その他公益的事由により特許を受けることができない旨を記載し、必要に応じて刊行物を添付して特許庁に提出することにより行う。情報提供者は、刊行物等提出書を提出した後の関与はできない。

 先発対後発医薬品の特許係争において、先発特許の権利化を阻止するため、後発メーカーが情報提供を活用していると考えられる。しかし、情報提供は通常匿名で行われるため、先発特許の審査経過を特許庁サイトで確認し、刊行物等提出書がでていれば、後発メーカーによるものだろう、との推測の域を超えない。

 また、情報提供は、無効審判や特許異議申立に比べてインパクトは小さいようにも思われるが、特許庁で審査が行われるタイミングに合わせて適切な刊行物を提出すれば、先発特許の権利化を未然に防ぐことができる。費用面でも、無効審判や特許異議申立よりはるかに少なくて済む。

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