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『さあ、「知財英語」で話そう』は、「知財英語コミュニケーション」を身につけるためのエッセンスを紹介するコラムです。2016年10月から2017年8月まで、レクシスネクシス・ジャパンのBIZLAWにて全9編の連載をお届けしましたが、2020年にBIZLAWが閉鎖されましたので、当サイトで改めて連載することにいたします。
いまや「知財」は事業戦略の柱、そして「英語」はビジネスの要。「知財英語コミュニケーション」は、知財部員や弁理士だけでなく、法務部員、研究者、エンジニア、技術営業、弁護士等々、世界を相手に仕事をするグローバル人財にとって必要なスキルなのです。ところが「知財英語」は、知財や契約に関する法律用語の他、技術に関するテクニカルワードも含むため、英会話教室ではなかなか学ぶことができません。
『さあ、「知財英語」で話そう 』では、「知財英語コミュニケーション」を身につけるためのエッセンスを紹介します。
「知財英語コミュニケーション」とは、筆者が⽶国系企業知財部⾨での勤務経験を通して創り出した概念であり、⼀⾔でまとめるなら、企業の知財部員や弁理⼠が、海外企業、海外関係会社、あるいは特許代理⼈等とビジネスをする際に⾏うコミュニケーションのことである。
そして、この「知財英語」は、知財部員、弁理⼠のみならず、海外企業を相⼿に交渉を⾏うすべてのビジネスパーソンにとって、⼤きな⼒となる(その理由は後述)。
知財業界では、特許や商標、あるいは契約等に関する特殊な⾔葉を⽤いる。例えば、ある発明について特許を取りたい場合は、その「発明の内容を記載した書類」を特許庁に提出するのだが、この「発明の内容を記載した書類」は「特許明細書」と呼ばれ、英語では「specification」と⾔う。さらに特許明細書と合わせて提出する「希望する権利範囲を記載する書類」を「特許請求の範囲」と⾔い、英語では「claim」と⾔う。英単語⾃体はさほど難しくないものの、通常の英和・和英辞典には載っていないことがおわかりいただけるだろう。その他、特許出願を「patent application」と⾔い、ある物の⽤途に関する特許を⽤途特許「application patent」と⾔うことがある。おそらく知財実務者以外には通⽤しない⾔葉だと思う。これが「知財英語」である。
「でも、⽇本にいて仕事をするなら、⽇本語の知財⽤語を知ってさえいれば⼗分では?」
いえいえ、それがそういうわけにもいかない。
知財(知的財産)は、製品やブランドを保護して事業や経営に貢献するために活⽤するものであり、⽇本国内のみならず海外で事業を⾏う機会があれば、海外でも特許権等の知財権を取得する必要が出てくる。特許権は、国ごとに独⽴しており、事業を実施する国のそれぞれに特許出願する必要がある。各国で特許出願、権利化をするためには、それぞれの国の特許代理⼈に代理をしてもらわなければならない。
例えば⽶国に出願する場合は、⽶国の特許代理⼈(⽶国弁理⼠ patent agent、または⽶国特許弁護⼠ patent attorney)に依頼する必要があるし、⽶国特許庁(USPTO)への特許出願は原則英語でする必要がある。となると、英語の特許明細書を準備し、英語で⽶国の特許代理⼈に業務を依頼することになる。他の国についても、代理⼈が⽇本語を話す場合を除いては、すべて英語でコレポンするのが通常である。
ここまでの業務は、読み書きを中⼼に「知財英語」を活⽤できれば何とかなりそうだ。ところがまだまだ、知財実務は奥が深い。
例えば、⽇ごろ仕事を頼んでいる⽶国の代理⼈は、年に数回尋ねてくる。⼤体は表敬訪問や営業だが、普段メールやファックスのみでやり取りしている⼈と対⾯して打合せができる機会を逃すことができようか。そうそう、これこそ進⾏中の案件について相談したり、⽇ごろ疑問に思っている点や代理⼈への要望をぶつけたりする絶好の機会なのである。さらに、ランチやディナーを共にすれば、互いをよく知り、より効率よく仕事を⾏うためのまたとないチャンスとなる。
「……え、⽶国代理⼈は英語をしゃべるんですよね?……」
当然である。
またあるときは、⽶国の特許事務所や⽇本の業界団体の主催で、現地での知財セミナーを受ける機会がやってくる。⽶国に数週間滞在して、昼間はセミナーに出席する。セミナーでは、中国、韓国、時にはメキシコ等からやってきた参加者が物おじせず質問する場⾯を⽬にする。そうなるとこちらも負けずに質問しなければと思う。休み時間は彼らと互いの国の知財制度について情報交換をする。そして夜になれば、セミナー出席者は、現地の代理⼈らにほぼ漏れなく⾷事に誘いだされる。なぜか。海外からのセミナー出席者、特に⽇本⼈や中国⼈は、彼らの⼤切なクライアントかポテンシャルクライアントだからである。
そしてまたあるときは、海外企業との共同研究の話が浮上してくる。共同研究を⾏うときに結ぶ契約には、必ず知財に関する条項が⼊っている。契約書はもちろん英語である。契約書案を読んで相⼿と交渉しなければならない。時には、メールでのやり取りでは埒があかず、直接会って交渉、または電話会議で交渉という場⾯もやってくる。共同研究契約を結ぶにあたり、「御社の知財ポリシーを聞かせてください」なんていうリクエストもありうる。そうなれば、事前にプレゼン資料を作成してお客様の前でプレゼンテーションをすることになる。
このように、知財実務は奥が深く、単に⽇本で机に向かって読み書きをしているだけではないのである。海外からの客⼈と業務に関する会話をし、⾷事の席では歓談する。あるときは海外での知財セミナーに参加して英語の講義を聴き、英語で質問し、英語で情報交換をする。またあるときは英語の契約の交渉を英語でする、英語でプレゼンする機会があるのである。ここで必要になるのが、ビジネス英語とは違う「知財英語」を使った「コミュニケーション」のスキルである。
筆者は、知財実務歴26 年(2016年当時)。最初の業務は⽇本企業知財部での医薬品の特許調査だった。
医薬品事業はグローバルなので、調査の対象となる特許や学術⽂献も英語のものが多い。⽇々英語のデータベースを、英語を使って検索し、英語の⽂献を読んだ。数年経って特許出願と権利化を⾏う部署に移った。⽇本出願の他、外国出願を扱う機会も多く、英語の特許明細書、外国の特許庁からのオフィスアクションや外国代理⼈のレターを読んだ。時には、出張で訪れた代理⼈と打合せをしたし、⽶国でのセミナーにも参加して、⽶国特許庁で審査官との⾯談も経験した。英語での知財実務に少し⾃信がついたころ、⽶国系企業に転職した。
ところが、いきなり⽶国本社とのテレビ会議に放り込まれ何を⾔っているのかわからない。⽶国⼈上司へのプレゼンでは、資料に何を書いて良いのかわからない。プレゼンのスクリプトはなんとか暗記して臨んだものの、質問されるとタジタジ。特に苦労したのは、特許出願の許可を取るための⽶国本社事業部の技術部⻑(Technical Director)との電話会議である。⽇本の研究所から出てきた発明の内容と先⾏技術を⽐較するリストを作成して事前にメールで送付し、それを使って新規性と進歩性について説明する。それだけでなく、その発明がカバーする製品の上市予定時期、上市した場合の予想売上についても説明をしなければならない。もちろん電話越しに。そのうえで、技術部⻑が出願可否を判断するのである。
例えば、次のように。
Tanaka: This invention relates to an ABC polymer film. The ABC polymer is obtained by polymerization of a monomer mixture including X, Y and Z. The polymer has an excellent scratch-resistance and it may be used as a top coat film for a handheld device such as a smartphone or a tablet. From the prior art search using the internal patent database, we found some references. Here is a list comparing the references and our invention. As you can see, our invention includes X monomer and no references include X, so the invention is novel. Further, from the experimentation performed by the coinventor, Suzuki, the top coat film comprising the ABC polymer has almost twice scratch-resistance of the one written in the references.
Tech. Director: Tanaka-san, I have a question. I understand the invention is novel and maybe inventive from the references, but is there any plan to launch the product using the polymer?
Tanaka: Yes, actually, we are planning to start selling the product around April next year, and before that, by the end of October at the latest, we would like to share some samples with our customers for their evaluation. I think we need to file a patent application prior to showing the samples to the customers.
Tech. Director: OK. How much sales are you expecting in the next year?
Tanaka: Well, I heard that we were expecting about 3,000,000 dollars in the next year, then it would be more than 50,000,000 in 2018.
Tech. Director: OK. I approve the patent application. Please file it before going to the customers. Thank you for joining the meeting today.
Tanaka: Thank you, Mr. Director, we will start preparing the application.
以上、難しい⽂法を使った⽂章は⼀切なく難解な単語も⼊っていないが、技術部⻑が意思決定をするために必要な情報を、通じる⾔葉で表現しているのをおわかりいただけるだろうか。ここまでのやり取りができるようになるのは簡単ではなかった。特に、社会⼈になった年のTOEIC が300 点、⽶国企業⼊社時に660 点だった筆者にとっては⾄難の業だった。最初のころはYes やNo など短い単語しか出てこず、とにかく必要なことを⾔わなければと、
This invention is very important. We want to file a patent application as soon as possible.
と⾔ったら、Why? と聞かれて沈黙。翌⽉の会議でやり直すことになった。
このような失敗を繰り返しながら、電話会議で⽶国⼈の会話を聴いているうち、意思決定のために、どんな事柄をどんな英語で、そしてどんな話の構成で話しているのかがわかってきた。そして、どんどん彼らの真似をして、だんだん必要なことを適切に表現できるようになってきた。すると今度は、技術部⻑の⽅から、今⽉はTanaka さんからの案件は無いのか?とか、他の国からの発明の意思決定に際して意⾒は無いか?と聞かれるようになってきた。存在が認められたのだ。こうなってくると、がぜん電話会議が楽しい、仕事が楽しい。遠く離れた⽶国との間でも、⽇本で、⽇本語で仕事をするのと同じように仕事ができるという充実感を感じ、世界中どこにいても、誰とでも仕事ができる!という⾃信につながった。と同時に、⽇本企業で読み書き中⼼の実務をしていたころに使っていた英語は、⼗分に意思疎通のできる英語ではなかったことに気づいた。それでもなんとか業務を全うできたのは、仕事の相⼿が⽶国代理⼈中⼼だったためである。彼らは⾮常にスマートであり、何といっても、筆者は彼らのクライアントだったので、たどたどしい英語もニコニコして聞いてくれるし、ゆっくりわかりやすいようにしゃべり、何度でも⾔い直してくれていたのである。決して、翌⽉の会議でやり直すことにはならない。
以上のような実体験を通して、相⼿との⼗分な意思疎通、つまりコミュニケーション、を意識的に⾏うことの⼤切さが⾝に付いた。⼗分なコミュニケーションのためには、次の3 つのスキルが必要だ。
・相⼿の⾔うことを聴いて⾃分の主張をする⼒(ディスカッションスキル)
・相⼿が理解できる⾔葉で表現する⼒(プレゼンテーションスキル)
・場を仕切る⼒(ファシリテーションスキル)
また、これらのスキルが⾝に付けば、交渉⼒(ネゴシエーションスキル)も⾃ずとついてくるようだ。筆者は、⾃⼒で、右往左往しながら時間をかけてこれらスキルを⾝に付けてきた。だが、もしこのような知財の英語を使ったコミュニケーションを学べる場所があったらどんなに楽だっただろう、苦労している時間を他の仕事や休みに回せたかもしれないのに、と思う。そこで、今回を⽪切りに、皆さんに知財英語コミュニケーションスキルを少しずつ伝授していけたらと思う。
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